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はれ,報道されていない村上春樹のスピーチについて

今日は昨日と異なり,最近賞賛された日本人のスピーチを紹介したいと思う。村上春樹がエルサレム賞の授賞式でスピーチを行ったニュースが報道されているが,抄訳ばかりなので全文を探してみた。


たぶんここが一番原文に近いと思う。父親のことも書かれているし。

http://www.haaretz.com/hasen/spages/1064909.html


とても全文を翻訳するするつもりはないけど,興味深いところをちょっと意訳してみた。


「(体制を壁に,人間を卵に例えて)そう,例え壁が正しくて卵が間違っていたとしても僕は卵の側に立つだろう。結局のところ,他の誰かが__おそらくは時か歴史がということだけど__何が正しくて何が間違っているのか決めることになる。どんな理由であれ壁側に立って文章を書くのだとしたら,そんな小説家にどのような価値があるというのだ?」


「僕が小説を書くたった一つの理由は,個々が持つ魂の尊厳を表面に引きずり出して,それに光を当てることである。物語の目的は,警鐘を鳴らし,我々の魂をわなにはめて卑しめられないように我々を導く光を"システム”の上に保つようにすることである」


「愛や生と死の物語や,読者を泣かせたり笑いや恐怖で心を震わせる物語を書くことによって,我々個々が持つ魂は一つとして同じものはないということを明確にしようとすること,それが小説家の使命であると僕は100%信じている。そのために僕ら小説家は毎日毎日,真剣さを持ってフィクションを作り上げていくのだ」


「僕の父は昨年90歳で亡くなった。彼は教師を退職してパートタイムの仏僧だった。彼が大学院に在籍していた時に入営し,兵士として中国に送られた」


「僕が戦争が終わった後に生まれて,よく彼が朝食前に毎朝,家の仏壇に深くて長い黙祷を捧げている姿を目にした。あるとき僕は彼になぜそうするのか聞いてみたところ,彼は戦死者のために祈っているのだと教えてくれた。敵も味方も関係なく,戦争で亡くなった全ての人たちのために祈っているのだと。仏壇の前で正座している父の背中をじっと見ていると,まるで周りに死の影が宙に浮かんでいるように見えた気がした」


「父は記憶とともに,僕が知ることができない記憶とともに亡くなった。でも,目に見えないところでそっと潜んでいる父の死の存在はいまだに僕の記憶の中に残っている。それは父から感じたことで僕の中に存在し続けているほとんど唯一の,そして最も大切なものである」


長くなってしまったけど,このあたりがニュースで言及されなかったあたりで面白かったところかな。小説を書く意味について,そして父親に関する言及は日本語ではほとんど見かけないところなのでとても興味深い。


この演説を通して,僕らはいろいろなことを知ることができる。反対している何かに対して,行うことのできるアクションはボイコットだけではないということを。何も語らないよりも,きちんと反対を表明することの勇気を。


安易でステレオタイプの行動を起こさない賢明さを。周りの人や世論に流されず,きちんと自分で見て感じたことを信じて行動することの意義を。


そして,一人として同じ人間は存在せず,誰にもその違いを侵害することなんてできないということを全ての人間が理解できれば,きっと戦争なんて起きないんだということを。

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